D1補完







「どうも、お久しぶりです。」


小汚いグレイスタウンの酒場で一人で飲んでいると、胸糞悪い優男が声をかけてきやがった。
ああ。見知った顔だ。

軽く受け流すと、申し訳なさそうな顔をしながら、その男が横に腰掛ける。
この若造が、遠慮深そうな顔をしやがって、その実 随分と無遠慮な男なのだと気付いたのは、最近のことだ。

そもそも、コイツが、今更この町に来る理由が全くもって、理解できない。
随分とご大層な理想だのを掲げて、旅をしているのだと、スケイル達からそれとなく聞いたが…


「ちょっと、どうしているのか、気になって。」

その…黒髪の暇人は、あいまいな笑顔をして、この酒場を訪れた理由をこう話す。
つくづく、ご大層な、暇人だ。

やれやれ。
今日も適当にあしらって、お帰り願おうか。
横で、この酒場に似つかわしいオーダーを飛ばした優男を横目に、煙草に火をつける。


天井を仰ぎ、一息つく。
煙はすぐに、天井に吸い込まれ、染み付いていった。


厄介な客人だと、改めて思う。
コイツを見ていると、どうしてか、あの日の事を思い出してしまうからだ。


※※※



「ふざけんなよ、テメエッ!!!」


目の前の、金色の髪をした優男の胸倉をつかむ。
その男の憎たらしい面は、すぐに恐怖で歪み、更に憎たらしくなりやがる。

そんな俺を止めたのは、妹だった。
俺と同じ、黒い髪をたなびかせた、身内びいきを抜きにしても、美しい女だった。
野郎と それにつかみかかる俺の間に割り込み、こちらを睨みつけてきやがる。

野郎に聞こえるようにして舌打ちをして、服ごと突き放す。
姿勢を崩した男は、その場にしりもちをついた。
何が気に食わないって、妹が何より先にヤツに駆け寄ったことには、違いない。


「…もう一度言ってみろ、テメエ。
 次は、本気で殺すぞ?」


割と本気で、野郎にメンチを切る。
先程まで怯えきったその顔は、その一言で更にこわばったのが、どうしてだか、笑えた。
怯えを通り越して命の危機すら感じ始めた、その面で。
震えながら、男が一息つく。


「……い」

「妹さんを、僕にください…!お兄さん!!」

言い終わるか否かで、もう一度野郎につかみ掛かった。


※※※


妹に張っ倒されて、野郎と俺と、妹の三人で同じテーブルにつく。

場所は、おそらくそういった類の話をするには、いささかムードも糞もないであろう、
グレイスタウンが誇る随一の糞酒場、切り裂きジャック。
俺が、同じ町出身の糞野郎共とねぐら代わりに使っている、そこそこ居心地だけは保障つきの物件だ。
近々酒蔵を改造して、本格的に俺達のアジトってえのを作ってやろうかと画策しているが、
酒場のオーナーの腐れ爺が中々首を縦に振らないので、今はこの話は、忘れよう。

目の前の、心底気に食わない男を、再度睨みつける。
アア、気に食わない。
どこまでも、途方も無く、気に食わない。
妹は、何を思って、どのような脅しを受けて、この男をここに連れてきたのだろう?

何を隠そう、こいつは、あの糞共の博覧会ここにあり、なベルビレッジのボンボンだった。
俺達、グレイスタウンの人間を、まるでゴミだか何かを見るかのようにして、
蔑む連中の集まりだ。
しかも、ご丁寧にそいつらを取り仕切るであろう階層の、一人息子ときやがる。


「…話せば、長くなるのですが」


野郎が、くどくどと妹との馴れ初めを話し始めた。
グレイスタウンとベルビレッジを繋ぐ、迷えずの森だかで、魔物に襲われていた糞情けないこの男を、
妹が助けたことが、コトの始まりらしい。
つくづく、どうしようもなく、気に食わない軟弱な男だ。
そんなこの男を、少し頬を赤らめながら眺める妹が、殊更に俺の気分を害してくれた。

それでも尚、この男のご高説は止まらない。
アア、分かったよ。テメーがそれ以上、俺の妹について、口出すな。語ってんな。
我慢の限界に達した俺の全細胞が衝動的に腕を突き動かし、ここぞとばかりに目の前の机を強打する。
思わず静まり返る辺りに、少し気まずさは感じたが。


「…分かってんのか。
 この男は、ベルビレッジの人間だぞ。騙されてんだよ、オメーは。」


妹は、これっぽっちもビビることなく、俺をまっすぐ見据えて、澄んだ声でさえずった。


「何も知らないくせに。」


俺のノーミソってヤツの血管が、何本か切れる音がした気がした。
怒鳴りつけてやろうとする俺に、間髪いれずに妹は続ける。


「ベルビレッジの人間だから、そんな酷いこと言うってんならさ。」

「アニキだって、ベルビレッジの人間と、そう変わりないと思うんだけど。」


…ぐうの音も、出なかった。
言い返せなかった、代償か。それから毎日、何の因果か、グレイスタウンに押しかけるその男に、
付きまとわれる毎日が始まった。


※※※



「僕はね、ベルビレッジを変えたいんです。」


目の前のその男は、恥ずかしげもなく、そう語る。

場所はいつもと変わらず、切り裂きジャック。
この男もいい加減、この酒場になじんできやがったことが、なんだか腹立たしい。
今日は妹は居ない。俺と、野郎の、二人きりだ。

最初は考えることも出来なかった、こいつとのサシ呑みが、そう楽しいわけではない。
だけど、そう、悪いわけでもなかった。

「お互い、知ろうとしていなかった、だけだと思うんだ。」

「僕たちはきっと、分かり合うことが出来る。
 世界は、僕たちの思ってたよりも、もっと複雑に出来ていたから。」

「最初から知ろうともしないで、お互い拒絶しあうなんて、勿体無いんだ。
 だから僕は、…ううん、僕とアイツと、君とで。
 この町を繋ぐ、きっかけになれればと思っているんだ。」


抜かしやがる。
コイツが語るのは、いつだって理想論だ。
グレイスタウンには、確かに話せば分かる輩も居ないわけじゃない。
現に、目の前の能天気野郎に感化されはじめている俺も、分類すれば、きっとそっちの類だ。

だが、どうしようもない輩ってのは、まず間違いなく存在している。
世界にはびこる勧善懲悪は、間違っちゃ居ない。
救いが無い。迷いもない。世間一般で言う、悪ってのに遠慮なく足を踏み込む連中ってのは、
この町には同じくらい、存在しているのだ。

そんな連中を、コイツは知らない。
知らずに生きてきた、幸せな男なのだ。
だが、それでも。
目の前の甘ちゃんは、確かに、笑った。憎たらしい、いつもの調子で。


「僕は、村長になる。」

「そしてきっと、この町と、僕の村を繋いでみせる。」


テメーみてえなお気楽男が村長になれるんだったら、俺は町長になってやるって、
そう冗談で言ったら、本気で喜ぶ目の前の男は、やっぱり阿呆だ。
俺の手を取り、餓鬼みてえに笑うコイツは。
やっぱり、違う意味で、どうしようもねえ。
そん時ばっかりは、本気でそう思ってたよ。


※※※


妹が抱えている赤子が、俺の姪ってやつなんだと、どうしても実感がわかねえ。
勧められて抱いてみたが、やっぱり、子供ってやつぁ苦手だ。
泣き叫ぶ生まれてはじめての妹以外の血縁者に、四苦八苦する様子を、
妹と野郎が笑ってみていた。気に食わない。

やがて、泣きつかれたのか、今度はすぅすぅと寝入ったその赤子を、まじまじと眺める。
…うん。
これは、可愛くなる。いや、美人になるかな?
俺の妹も、実際、そこそこのモンは持っていると思う。
それと同じか、それ以上か…
いや、なかなかに楽しみなタマだと、奴らに話すと、また笑い始めた。


「叔父さんってば、意外と子供好きなんですねえ〜」


そういって、おちょくってきやがる妹を、軽く小突く。
横で笑う、テメエも同罪だ。
公明正大ぶりやがって、ヤる事は、ヤりやがって。
テメエみてえなキャラでデキ婚だなんて、キャラに似合ってねえんだよ。

心底気分を害しながら、この少女の名前を、付けられたばかりのその名前を、
聞いてもねえのに、聞かされる。


…やっぱ、可愛く育つだろ。
そんな耳どおりの良い名前でブスに育ったら、俺は、泣くね。


※※※


野郎が、出馬するという話を聞いたときは、何の冗談かと思った。
酒の席の冗談じゃ、なかったのかよ。
実際問題、どういう手品か、当選しやがったと聞いたときには、さすがに腰を抜かした。
ベルビレッジの人間は、やっぱりおかしい。どうも、頭が狂っているようだ。

笑顔で当確を報告しに来た、野郎…
今じゃ、正式に義理の弟ってえのに収まりやがった野郎の面を、眺めているとやはり腹が立つ。
おそらく前世からの因縁だろう。
それくらいのレベルで、どうにも、気に食わない面だ。


「次は、君の番だね。」


まっすぐ見据えて、野郎が放つ。


「きっと、分かり合えるんだ。ベルビレッジと、グレイスタウンは。」


鼻で笑う俺に、野郎は反論しやしない。
しかし、それでも、野郎はまっすぐこっちから目をそらさなかった。


「現に」


「僕と君は、こうして、分かり合えたんだから。」




※※※


「変わっちまったよ、オメー」


酒場を後にしようとした俺を、引き止める声は、どこか懐かしい。
それは、昔ツルんで、馬鹿やってた男の声だった。
餓鬼のころから知ってる、その男は、落胆を目に浮かべて俺を見据えている。



「何やってんだよ、マジで。
 …何、ベルビレッジのボンボンと、仲良しこよし、やってんの?」


アア。


この男は、昔の俺なんだと、すぐに分かった。
ベルビレッジの全てを憎んでいた。
いや、ベルビレッジだけじゃねえ。
"持って"る連中を、すべて、すべて憎んでいたときの俺なんだと。


「分かりあえるらしいぜ、俺達。
 …あんな、気に食わない連中とも、それなりにさ。」


そう言う俺の言葉を、やはり、どうしても、理解できないって顔を浮かべやがる。
でも、それが当然だ。
あの時の俺にだって、同じ表情が浮かんでいたと思う。
最初、あの男が妹と俺の元を訪れたあの時の俺にも、きっと。


教えてやりたかったんだ、コイツに。いや、他の連中にも。
少なからず、俺が感じた何か、あったけーモンを。
感じさせてやりてえって、そう思ってた。

だから、俺は、柄にも無く、頑張ろうって思えた。
この町を変えようって、その為には、柄にもねえ目標も持ってみちまおうかって。


…あの男の、言う通りを目指すってのは、やっぱ、それなりに抵抗はあったけどな。


※※※


待ち合わせの時間から、二時間が過ぎていた。

本格的に、この町と、ベルビレッジの間に交友を持とうと具体的な案件を持ってくるって、
そう連絡があったのは、三日は前のことだろうか。
今はベルビレッジで、野郎と愛しい姪子と、三人で屋根を囲んでやがるあの妹も来るって聞いて、
待ち合わせの時間より、一時間も早く待っていた事が、俺の怒りをマシマシにしやがっている。

どっちかってえと、時間にルーズなのは、俺の専売特許だったんだがな。
意味も無く、ここ最近タールの量を減らした、不味い煙草に火をつける。
既に、先程買った箱が空になろうとしたか、しねえかくらいで、気配に気付く。
隠れているつもりなんだろうが、関係ねえ。

気配の元にずかずかと近づくと、走って去ろうとしやがる影をつかんだ。
それは、見知った面だった。
昔、酒場で馬鹿やってた連中の中の、一人。
臆病で、だから誰よりも虚勢張ってた、根性なしの腑抜け野郎。


「ヒッ…は、はなせよお!!!」


必要以上に怯える、コイツの姿に冷や汗が出る。
何だよ。
何でテメーは、そんなに、怯えてやがる。

まるで

まるで、俺に、どうしても知られたくねえって、何かがあるみてえで。
そいつを締め上げて、俺を見張れって、
あの時の男。昔の連れから言いつけられていたことを聞きだしてから、俺は走り出していた。
絶対に俺を寄せ付けるなって。そう指示されていたらしい、その廃屋まで。



※※※




すえたにおいが、充満していた。



血まみれで倒れているのは、野郎だ。
あの能天気で、理想論ばっかり語る、甘ちゃんが、数人の男に囲まれて這いつくばっている。
囲んでいる男の面は、どれも見覚えのあるものばかり。
どれも、昔、俺が馬鹿やってた連中だ。

おそらく野郎、腕も足も、折れてやがる。
それでもうごめくその姿は、まるで、芋虫か何かに似ていて。こっけいで。


囲んでいた連中の中の一人が、こちらに近づいてきた。
それは、あの日、俺に落胆の表情を浮かべていた、アイツ。
餓鬼の頃から、知っている

「よォ。…なんだよ、来ちまったのか」

下衆い笑顔を浮かべる、そいつ。
その笑顔は、いつもと変わらない。どこか、愛着すら感じていたその表情で、続ける。


「コイツがよぉー
 オメーを、たぶらかしたって、そういう話だろ」

「もう少しで終わるからよ。待ってろって…」


そう言って背を向けるかつての連れを、引き止める。
何をしようとしていたか。
そんなん、どうでも良かった。それよりも、コイツは

何を、していた?
妹は


「あァ」


「ベルビレッジに尻尾振ってた、尻軽だろ?」

「それらしい扱いしてやったら、壊れちまったよ、へへ…」



視線を、部屋の隅に追いやると、何かが倒れていた。
それは
それは、やっぱり、見覚えのある黒い髪を、たなびかせていて
たなびかせていた、黒い髪は、いろいろな色が、混じり合っていて


気付いたら、俺は、腰にさしていた剣の、グリップを握っていた。




※※※



グレイスタウンと、ベルビレッジを繋ぐ、その森の中には、枯れ果てた一本の木がある。
枯れても尚、根っこまでは腐ることの無い、しぶといその木の前で。
久方ぶりに会った、あいつの顔は、


「私が、間違っていたよ」


あの時と変わらぬ笑顔で、野郎は続ける。


「分かりあえるだなんて、間違っていた」


「私が、殺したんだ。あいつを…」



「世界は、きっと。
 …私が、私たちが。」


「思っていた以上に、簡単に出来ていた。」


目の前の男は、もう、俺の知っている、アイツじゃあなかった。



※※※



煙草の火が、消える。
あの時吸っていた煙草よりも、はるかにタールは、重い。


思えば。

あれから、がむしゃらだった。
ただ、どうしようもなくて。詫びようも、なくて。
あの男の理想を、せめてアイツらが語った理想論を、終わらせたくなくって。

走ってきたつもりが、いつしか、道を見失っていた。


ジャックリッパーの餓鬼共は、あまりに、あの時のアイツらと重なって見えていた。
きっと奴も、同じだったんだろう。

理想と夢と、現実と壁ってやつの、距離は余りにも離れている。
追いかけるには、何かを捨てなくっちゃならねえ。
俺達が捨てようとしたそれを。
拾いやがったのは、横に座っている、この優男と、その愉快なお仲間達。
そして、ジャックリッパーの餓鬼共と…


「クハ。
 …らしくえねなあ。つくづく。」


思わず、ふきだしちまう。
それを見た優男は、不思議そうな顔で、こちらを眺めている。






「ありがとうな」


もう一本吸おうと、箱に手を掛けようとして、少し思いとどまる


アア

そろそろ、タールを減らす、ころあいなのかもしれない







※※※



もどる